大船渡文化

吉浜のスネカについて大船渡市民はどれくらい知っているのか?

岩手県大船渡市三陸町の「吉浜のスネカ」が国の無形文化財指定になり、そして2018年11月29日、ついに国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に正式に登録されました。

大船渡市民でも「吉浜のスネカ」についてどれだけのことを知っているのでしょうか?

そのあたりも含めて調査・まとめてみましたよ!

 

吉浜のスネカについて大船渡市民は意外と知らない?

大船渡市民でありながら「吉浜のスネカ」について、きちんと知っている・実際に見たことがあるという人は少ないのではないでしょうか?

それももそのはずです……

大船渡市自体が、旧大船渡市と旧三陸町の合併によりできた市であることはもちろんなのですが……

吉浜のスネカは小正月行事で地元民だけのもの!

「吉浜のスネカ」は岩手県大船渡市の中でも、三陸町吉浜地区だけの、伝統行事です。

大船渡市民が知っている簡単な情報といえば

毎年小正月の1月15日の夜に、異形の格好をした男たちが大船渡市三陸町吉浜地区の各家庭を回りながら

「かばねやみ(怠け者)いねぇがーーーー!!!」

と秋田のナマハゲを思わせるように子どもたちを脅して(諌めて)、子どもギャン泣き、親や祖父母がその様子をニコニコしながら眺める……

というものですね(笑。

 

「吉浜のスネカ」がユネスコ無形文化遺産に登録されたから、大船渡市民として、もう少し知りたい!もっと知りたい!という人のために、すぐに覚えられる「豆知識」をまとめてみました!

 

大船渡・吉浜のスネカ豆知識

吉浜のスネカってどういう存在?

毎年小正月(1月15日)に怠け者(かばねやみ、とこのあたりの方言で言います)をこらしめにどこからともなくやってくる「来訪神」です。

親の言うことを聞かない子ども、のんだくれ等の怠け者に対して戒めを行う存在でありながら、地元の人々は訪れを楽しみに待っている=神様なので、家に来てくれると豊穣・豊作ももたらしてくれると考えられています。

吉浜のスネカの「スネカ」という名前の由来

昔は囲炉裏で暖を取っていましたが、長く囲炉裏にいると、直火で暖をとっているものですから、暖まりすぎて足のスネに赤い斑(一種のやけど)ができはじめます。

 

足のスネ(脛)に赤い斑があるってことは、そんな斑ができてしまうくらい、それだけ長く囲炉裏に当たりっぱなしで動かない=怠け者っていう証拠になります(笑

なので、その赤い斑を皮をむいてはごうとします。

足のスネにできた赤い斑、皮をむいて取るので痛いですよね(戒めです)。

足のスネの皮をはぐ(たくる、といったりします)

そこから

「脛皮(すねかわ)たくり」に由来して

スネカ、となったといわれています。

吉浜のスネカの由来は元は誰が始めたの?

実はこれ、はっきりと分かっていません。

江戸時代にはすでに「スネカ」は存在していたのでは?といわれています。

 

スネカは本当は誰なのか?も実ははっきり分かっていません。

小正月になるとどこからともなく突然あらわれる異形の物、ということだけ。

どこからともなくやってきて、長屋の扉などをガタガタさせて鼻息荒く叩いて、住民たちを震え上がらせて帰っていく……

 

実は地元にはこんな昔話みたいなお話しがあります。

「小正月になると、どこからともなく現れるスネカ。誰彼なく化けていて、身支度して長屋から出たら向かいの長屋からもスネカが出てきた」

「昔はスネカが単独で動いていたものだから、1軒に2回もスネカがやってくるなんてことがあった」

「悪知恵?の働いたスネカがいて、お花(こづかい)狙いで回るようになった。それじゃいかんってことで、村で統率して伝統行事のようになったらしい」

昔話みたいなお話、面白おかしいエピソードみたいな話なので、どこまでが本当なのかは不明ですが、

 

「だれともなくスネカをしていた」というのは事実に近いようですね!

 

スネカって誰がやっているの?

現在は、三陸町吉浜の「スネカ保存会」が主導して行っています。

地元の男性陣、そして後継者を育てるために地元の中学生男子も「こどもスネカ」として参加。

大人たちから「スネカの作法」(鼻の鳴らし方、歩き方等)を教わって小正月に各家庭を回っています。

 

三陸町吉浜に住んでいる男性だけ、スネカになれます。

 

スネカはどこに住んでいるの?

前に「中の人って誰なの?」なんて野暮なことを書きましたが(笑)

スネカは普段どこにいるのかというと…小正月で練り歩く吉浜のスネカは

 

「五葉山から来た」

 

と言っているそうですよ。

三陸町吉浜からみると、五葉山ってそんなに近い山ではないんですが……

昔は「天狗岩」(一関と思われる)と名乗っているスネカもいたそうです。こちらはもっと遠いですね!

 

とにかく「どこから来たか分からない」というのが大事なようです。

 

「吉浜のスネカ」格好に決まりはあるの?

ある程度「これがスネカ!」という格好があるようです。

  • 血のりのついた模擬包丁を持つ
  • 全身を隠す(みの、藁が主体)
  • お面をつける
  • 腰にはアワビの貝殻を複数つける
  • 背中に俵・まいたゴザを背負う
  • 背負った俵・ゴザからは子供の靴(足)が見える

といったスタイルが定番となっていますが、「全身が隠れていれば良い」「お面の表情は自由らしい」と比較的自由のようですが、昔から伝承されている格好を受け継いでいるようです。

最近だと藁細工をできる人、箕やわらぐつ、俵を作る人がいなくなっているのが若干悩ましいところかもしれませんが……基本的に「全身が隠れていればそれでよい」という通説もあったりします。

なぜかというと……

吉浜のスネカって「郷土芸能」「伝統芸能」「神事」?

実は、吉浜のスネカは「神事」でもなんでもなく、地元民による伝統的な行事・風習なんですね。

「郷土芸能」でも「伝統芸能」でも「神事」でもありません!

大船渡市でいうとお正月などに「権現様」が各家庭を回ったりしますが、権現様は神事や伝統芸能にあたるため、スネカは権現様とも違う存在です。

 

一応「吉浜のスネカ」は来訪神、神様の一種ではあるのですが……

「神事じゃない」

ので、実は装束などは伝統として保管・管理はしているものの、「基本決まりはあるようでない」という理由として大きいようです。

地域に根づいた文化が、ユネスコ無形文化遺産になるって、すごいですよね?

吉浜の人々の暮らしの一部が、世界規模的に「素晴らしい!」って認められているというか……

吉浜のスネカのしきたりやルールってないの?

実は「動き」に関してだけは、決まったしきたり・ルールがあります。

主にこの2つです

  • 鼻を鳴らす
  • 後ろ姿は見せない(後ずさりで行動する)

フゴッフゴッ!という鼻を鳴らすのがスネカの特徴です。

そして「決して後ろ姿は見せない!」というのも特徴的で、昔は玄関先まで訪れず土足で上がり込むこともしなかったスネカですが、現在はサービス等もあり、土足で居間まで上がり込む場合もありますが……絶対に後ろ姿は見せず、移動も退出する時にも、徹底して後ずさりをしています。

 

このほか、歩き方や動きなど、細かいところもあり大人たちから中学生へレクチャーがあります。

 

吉浜のスネカの面白い話ってないの?

吉浜のスネカは、小正月の夜に大船渡市三陸町吉浜にあるほとんどのお宅を回るんです。

吉浜って意外と広いので、スネカたちは車移動をするそうで……

 

「軽トラックの荷台にスネカたちを乗せて移動する」

 

これ警察に怒られない?と思うのですが、スネカが集合・出発する地点が

「吉浜駐在所前」

 

これ、本当の話だろうか……?(笑

 

あと吉浜のスネカは脅したり戒めるだけでなく、良い子にしている子は「褒める」そうです。

 

スネカ「かばねやみいねぇが!!」

子ども「いません!(叫」

スネカ「宿題やったが!?」

子ども「はいっ!!もう(冬休みの宿題)終わりました!!!(泣」

スネカ「……真面目だな」

 

いやこれほんと!

良い子にしてれば、スネカは怖くないですよ!(多分)

 

吉浜のスネカがユネスコ無形文化遺産に登録されるまで

さて、ここからは与太話。

吉浜のスネカがユネスコ無形文化遺産に登録されるまでの大きな流れ、分かりやすく簡単に知るのはやはり「東海新報」が一番ですね!

勧告を受けた第一報からの……正式登録まで!

ちなみに今年2018年の吉浜のスネカは、定年どおり盛り上がっていましたよ!

動画もあるので、臨場感たっぷりな「スネカ」が分かるかと思います!

 

 

東海新報の掲載写真が同じなのは、まあ報道ってそういうものだから!

東海新報に限ったことではないのでね!資料写真を使い倒すって!

 

吉浜のスネカはユネスコ無形文化遺産登録の立役者!?

「吉浜のスネカ」そのものは、ユネスコ無形文化遺産登録は全く視野にも検討にもいれてなかったようですね。それが新聞記事の内容からもにじみ出ています。

大船渡市三陸町吉浜の小正月行事「吉浜のスネカ」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録が決定した29日、約200年間、伝承に取り組んできた集落は喜びをかみしめた。人口減や高齢化が進む中、近年は地区外の男性が装束を調える作業に協力。地元吉浜中の生徒も活動に参加する。多くの力と思いに支えられ「世界の宝」になった吉浜の文化。「年に1回の風習で見せ物ではない」と、従来と変わらぬ形で継承していく。

引用:岩手日報

この記事からも見て取れるように、吉浜のスネカ側から登録へ向けて積極的に動いたようには全く感じられないんですよね。

で調べてみると。

 これまでの経緯 

平成21年 9月  「甑島のトシドン」がユネスコ無形文化遺産代表一覧表に記載される。

平成23年11月  「男鹿のナマハゲ」が「情報照会」の決定を受ける。

平成28年 3月  「甑島のトシドン」を拡張し、「男鹿のナマハゲ」を含む国指定重要無形民俗文化財を「来訪神:仮面・仮装の神々」としてグループ化して提案。

平成28年 6月  ユネスコ審査件数の上限を上回る提案が各国よりあったため、審査が1年先送りされる。

平成29年 3月  「来訪神:仮面・仮装の神々」を再提案。

平成30年10月  評価機関より「記載」の勧告を受ける。

平成30年11月  政府間委員会において登録される。

引用:男鹿市

こちら「ナマハゲ」についての内容なのですが……以前から「ナマハゲ」が無形文化遺産登録に準備をしていたのがわかります。

ここからはあくまでも推測ですが、「トシドン」「ナマハゲ」をきっかけに、グループ化する際に国から「吉浜のスネカはいける!!」とお眼鏡がかなったのではないでしょうか?(汗

 

かくして、結果的にユネスコの無形文化遺産登録となったので、吉浜のスネカは「世界的にみても素晴らしい文化・誇れる文化」であるとともに、登録する際の審査に耐えうる伝統行事でもあることが立証されたように思います。

 

吉浜のスネカ、すごい……

 

何がスゴイって、他に登録された来訪神の中には結構観光化されているものがあるのに

スネカに関しては

「ザ!地元民による!地元民のための!地元だけの盛り上がり行事!」

ってところですよね。

 

吉浜のスネカ一番の懸念は保存と観光?

岩手日報はこう報道しているけど……

 IWATE NIPPO 岩手日報
岩手日報 IWATE NIPPO
https://www.iwate-np.co.jp/article/2018/10/29/27097
岩手日報社の公式ホームぺージです。県内ニュースやスポーツを中心に旬の話題を伝えます。

 IWATE NIPPO 岩手日報 

地元吉浜「スネカは誇り」 ユネスコ無形遺産登録決定
https://www.iwate-np.co.jp/article/2018/11/30/29899
大船渡市三陸町吉浜の小正月行事「吉浜のスネカ」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録が決定した29日、約200年間、伝承に取り組んできた集落は喜びをかみしめた。人口減や高齢化が進む中、近年は地区外の男性が装束を調える作業に協力。…

先述の新聞記事の内容を読んでいただけると分かるとおり、実際には吉浜の人たちはスネカで観光資源を得ようとか、一切思っていないようなんですよね。

 

とにかく、地域で、地元で、伝承していきたい!

 

ただそれだけのように見て取れます。

 

ユネスコ登録の偉大さと、「変わらず保存していきたい」という保存会の気持ち……

 

なまはげや他の世界的文化遺産の登録の是非で大きく変わる観光化などの動き……

 

から考えると、ユネスコ登録と「変わらず」という温度差が今後どうなっていくのかが気になるところです。

 

一番は吉浜の人たちの「保存したい」という気持ちですよね!

 

1月15日の小正月にスネカを見に行くことは可能なのか?

やはり大船渡市民としても、自分たちの町の「スゴイこと!」は実際に生で見てみたい!と思うじゃないですか?

それが可能なのかどうかを勝手に個人的に検証してみると……

「どうも、難しいんじゃないの?」

って思いました。

 

実はこれまでも「部外者」が訪れていたことはありました(カメラマンなど)。

取材対象の家も必ず決まっていて、一般のお宅に取材・メディア陣が訪問するってことがないんですよね。

これまでの吉浜のスネカは「内輪」で小正月を祝うために行われていた年一回の行事だけに、今後、いち大船渡市民として「同じ町の行事なので見てみたい」「参加してみたい」というのは難しい気がします。

 

市民として難しいということは、一般的な観光客も実際のスネカを見ることは難しいのかもしれません…。

 

吉浜のスネカにちなんだお土産やグッズは?

これも今のところ難しいのかな?と思います。

吉浜のスネカの格好や特徴はあれこれあれど、お面などの表情が千差万別、「これ!」っていう顔立ちや決まりはないそうですよ。

なまはげみたいに一部を切り取って「これが定番です!」みたいな観光化やパフォーマンスをすることがない限り、本当に実現することは難しいのかも……

 

まとめ:吉浜のスネカは宣伝したいようで宣伝が難しい文化!?

有名になればなるほど、看板が大きくなったり箔がつけばつくほど、人の欲求が刺激されて集まってきます。

吉浜のスネカも、今回ユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、ネームバリューが大きくなり「観たい」「参加したい」「観光したい」という人が急増するかもしれないし、しないかもしれません。

 

ただやみくもに「観光化」だけを推し進めるのも、なんか違うなーといった感じもします。

メジャーになったからといって、変わらなくても良くない?

っていう気持ちも、分からなくもない……。

吉浜のスネカは先にも述べたとおり「ザ・地元!地元民による地元民のための地元の行事」であって、決して外部の人たちを楽しませたりもてなすための行事ではないんですよね…。

 

文化的な継承って大事ですし、さらに保存でいえば、スネカという形式だけではなくて、「住んでいる人たちが実際に行う時に発せられる臨場感や空気感」までの保存ってかなり難しいと思うんですよ。

あの空気感を、観光客にどう体感してもらうか?もですし、あの空気感を生かしたまま観光客を迎え入れられるか?という難しさ。

 

そこは「なまはげ」などを見習って、完全に観光化するところ、伝統行事として今までどおり行うところ、というように「区別・差別して、守るところは守る、攻める(観光化)するところは攻める」という方針を取るのも一つの手ではありますが……

 

来年2019年の小正月、1月15日に、ある意味「答え」が出るのかも知れません。

 

 

それでは!

(あれ?スネカの情報だったのに、最後めちゃくちゃ真面目になっちゃった!!)

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